この本はエロ本です / 五島顕一
『混凝土の隙間と奇譚集 三巻』収録作品 【お持ち帰りはこちら】
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本を読んでばかりだった。科学の本が大好きだった。
太陽系を越えて遥か彼方の星の一生。物質の分子の原子の原子核の陽子や中性子のクォーク。
僕が直接は見ることや感じることの出来ない世界。
途方もない大きさ、意識できない小ささ。冗談でも使わないような巨数小数。
それらを平気でそのまま使ってしまう科学。
僕は聖書のように信じていたのに。
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同級生のことなど、どうでもよかったのに。
そんな俗な世界より、宇宙があるというのに。
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キッカケは体育の着替えの時間。
ふと横を見ると、そこのオッパイが膨らんでいた。引き上げられるシャツのすそからこぼれていた。
見てはいけないもののような気がして、とっさに目をそらした。
赤里芳子。ショートボブ。丸っこい顔。身長130センチメートル。
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しばらくもしないうちに着替えは男女別室になったけど、それ以来の僕はクラスの女子の体を意識するようになっちゃったんだ。
赤里はクラスの中でも綺麗なほうではなかったね。ポチャだもん。やっぱりクール&ビビッドな氷見涼ちゃんやフリフリラブリーな社桃花ちゃんがいいなぁ。思わず自分の考えに向かって相づちしちゃうくらい。
僕はこれで本当にいいのだろうか。意識するほど強くなるヨコシマな感情。不潔な考え。僕が本来、信じなければならないものは別にあるのに。
顔面に上る熱やら、胸の奥に沸き立って狂い巡る何かはなんだ。
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足元を見ながらの下校。
僕は何かおかしい。どうかしている。頭がクラクラする。
思いつめんなよ。その姿勢、胸がつっかえるぞ。
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秋の空は遠く拡がりきって張り裂けそうだ。
張り裂けてしまえばいいじゃん。突き抜けてしまえよ。
いや、僕の進むべき道はそこではない! やはり一歩一歩、踏み間違えな……
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ふと視界に入る、いつもはそこにないもの。女の裸が写っている、ソノ手の雑誌が歩道の真ん中に捨て置いてあった。
頭のクラクラがひどくなる。気になる。興味が惹かれて仕方がない。手に取るともう引き返せない気がする。拾いたい。拾ってはいけない。
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頭の中にモヤかかる。熱沸き立つ。時間湯立ち感覚絶える。
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背中に電流。誰かに見られたような感覚だと気づいて、とっさに手に取ったものを胸元に抱いて隠す。
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その方向には誰もいない。気のせいか。
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家に着いた。ずぼらに脱ぎ飛ばした靴がどれだけ激しく暴れているかは問題ではない。段板突き破るように駆け上がり、2階の自分の部屋の薄い扉を後手で引っ張る瞬発力で家全体が軋んで短く揺れる。
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ベッドの上に静かに静かに着地するエロ本。風圧に乗る綿の切れ端が鼻をくすぐる。そこに意識が集中する。かゆい。むずがゆい。
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くしゃみは暫しあらゆる感覚を遮断する。
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復旧、復旧———。目の前の信じられない光景。
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エロ本だと思っていたら、ネコ耳少女だった。藍色の毛並み、覗き込んでくる赤い瞳。くるくると一人遊びの尻尾の白い先端。
「ねぇ、空から少女が降ってきて、匿うことになったらいいなとか思ったこと、ない?」
……
僕は。
「誰だよ、どどちら様ですかあな、き君いやあなた!」
「人は信じたいものを信じ、見たいものを見るものよ」
話素どおり、調子と二の句のタイミングどこ。
「貴方の存在する世界のルールでは、私の存在はありえない。ヒカガクテキって言うのかしら」
「ひ、非科学的……」
その割にはとてもハッキリ聞こえる彼女の甘い声。どこか脳の原始的な部分を撫でられるような響き。
同時に感じる違和。会話が通じてないのに、彼女の言葉だけをとりだしても意味が通ってないのに、妙に脳が理解に追いつく。
「そうよ。私は貴方の妄想上の存在。くやしいけどね。」
そうか、エロ本抱えてあわてて心拍数上げて僕はこんなにムラムラとしたのか。ね、ぶつけてもいいんだよね。
「こちらの世界にくるのならいいわよ。私は貴方にとって都合の良い女。好きにしていいのよ」
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僕はズボンのベルトに手をかけたところで、彼女の言葉が突き刺さった。
「あなたはあなたの世界に馴染んでいないんでしょう?」
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手がとまった。
「あら、言っちゃいけなかったかしら」
「……消えろよ」
「へ?」
「……消えろって言ってるんだ、都合のいい女なんだろ!」
彼女は伏せ目がちに、床のどこかを見ている。
「一旦、消えるね」
……
……
彼女は霧散した。モヤの様にぼやけて、拡散した。
「一旦、か。」
見透かしているんだな。僕の暗い性格。
この手の悪意は絶対忘れないから、彼女は存在し続けられるわけだ。簡単に姿を消して平気なのだ。
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了
この作品は二〇〇九年十月十八日発行の『混凝土の隙間と奇譚集 三巻』に収録されています。
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【奥付】
『混凝土の隙間と奇譚集 三巻』分割版
この本はエロ本です
二〇〇九年 十二月二日 レイアウト変更
二〇〇九年 十月二十九日 公開
著者 五島顕一
編集人 今出川潤
このお話はフィクションです。
本作品に関する諸権利は著者自身に帰属します。
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